店長・菅田 -Works-



里葉風流の競盤風物詩


第8話 MAGICAL MYSTERY PAPER 〜100の音楽論より1枚の現物主義(2000.6)


ビートルズ・コレクター蒼白の大スクープです!!なんとブッチャー・カバーの国内盤の発売企画があったのです!。こんな話、誰も知りません。このコラムに発表するまで、いっさい口外せずレコード・コレクター界前代未聞の大発見を極秘にしていた私の胸中不整脈、想像出来ますか?。私自身いまだに狐につままれた状態なのです。これは1ヶ月ほど前、東芝音楽工業に勤めていた父親(故人)が所有していたレコードの買取り依頼でDさん宅を訪れた時、その倉庫から発見されたもので、レコード番号は正規盤『イエスタデイ・アンド・トゥデイ』と同一の<AP−80061>となっています。しかしながら、1966年にアメリカで発禁回収処分を受けたあの有名なブッチャー・カバー・ジャケットの左上にはアップルのロゴマークが、
そして右上には確かに"AP−80061"と"STEREO"の文字が印刷されており、ジャケット裏面の右下には、間違いなく"東芝音楽工業 MADE IN JAPAN ¥2000"と刻まれているのです!。中に入っていた盤は、真っ白なレーベルにレコード番号だけがゴム印されたテスト盤です。アメリカでの発禁処分から4年が経過し日本でアメリカ編集盤がシリーズで発売される企画が起こった時、東芝内部に『イエスタデイ・アンド・トゥデイ』のジャケットにシャレでブッチャー・カバーを使ってみようという意見が出て試験的なジャケット・プリントが刷られたものの、結局発売には至らなかったと推測されます。

正に世紀末の大発見!



ごめんなさい。この連載中のコラムで、初めて大ほらを吹いてしまいました。この大発見を信じたあなた、国内盤コレクターとしては失礼ながら初級と言えるでしょう。掲載された帯付ジャケットの写真には驚いたものの(輸入盤に帯を付けるだけでこれだけ日本盤らしくなるのです)、疑わしく思ったあなたは中級クラスです。未確認のアイテムに関しては、自分の目で現物を確認しない限り絶対にその存在を認めないのが上級コレクターです。日本盤ブッチャーのような特殊な空想は別にしても、国内盤レコード・コレクターの間には、架空の噂話も含め実に多くの未確認情報が飛び交っています。偽物の帯だって出回る中古レコード業界です。
ましてジャケットに文字をプリントし、さも本物らしく見せて雑誌にその写真を掲載するぐらいのことは、中学生のパソコン小僧にだって出来ます。30年前の東芝レコードの社員に私の空想を提案実現させたシャレ男がいたなら、サザビー級のオークションで、国内盤初の500万レコードが誕生していたでしょう。究極のビートルズ(アップル)国内盤コレクターというのは、ジャケットにレコード番号・レコード会社名・ロゴマークの3項目が印刷されているだけで500万円という大金を投じてしまうのです。プレミア・レコードの価格を決定するものは、音楽やジャケットの芸術的価値ではなく、アーティスト人気とレコードそのものの希少性に尽きると言えます。



ビートルズの音楽については、これまで世界各国で数え切れないほどの評論が成され、これからも気が遠くなる数のビートルズ論が発表され続けて行くことでしょう。しかしながら音楽の素晴らしさを感じるのは非常に個人的なことであり、音楽へのただならぬ愛情からスタートして(と考えたい)泥沼地獄に陥ったレコード・コレクターにとっては、凡百のビートルズ論などどうでもいいのです。音楽論はいくらでもあるが、レコードが存在するかしないかの答は一つしかありません。
本国でビートルズがデビューする前に日本で奇跡的に「マイ・ボニー・ツイスト」は発売されブッチャー・カバーの『イエスタデイ・アンド・トゥデイ』は日本では発売されなかった、というのが変え難い歴史なのです。自分の愛するアーティストの真実の音を発する物としてのレコード。コレクターにとっては、レコードこそがリアルであると言えるでしょう。そしてそれがレアであればあるほど、本来複製品であるはずのレコードに古美術的な輝きすら感じてしまうのです。レコード・コレクターにとってそれを所有するということは、一般のファンに感じることの出来ないアーティストの真実を所有することなのです。



1通のメールが届きました。「MMTコンパクトの帯付について」と題されたメールは当店のホームページを見られたOさんという方からのものでした。『今回お尋ねしたいのは、MMTのコンパクト盤<OP−4335〜6>には、赤い帯が付いていたのかということです。偽物説も飛び交う中、3年ほど前、例の大阪の店に直接行って尋ねたことがあります。15万円で売ってしまって現物はないということで、ちっちゃなカラー写真を見せられたのですが何か怪しい気がしてなりません。とにかく真偽が知りたいのです。現物を見れば紙質で分かるような気がしますが…。』ビートルズの"マジカル・ミステリー・ツアー"の2枚組コンパクト盤(以下MMTC)が日本で発売されたのは1968年のこと、テレビ映画のサントラ盤としてでした。
日本デビュー間際の半かけ帯ならいざ知らず、名盤『サージェント・ペパーズ』以後の安定期に発売されたビートルズのレコードに付いていた帯が、中古市場に出て来ない訳がありません。全国の名うてのビートルズ・コレクターが誰一人持っていない(見たことすらない)帯の存在なんて考えられますか?。3年前に大阪のSという中古屋の広告にMMTCの帯付の写真が掲載され反響を呼び、その頃から帯の存在有無のウワサはちょくちょく耳にするようになっていましたが、その後も現物を確認した人の情報はまったく入って来ませんでした。よーし、徹底的に調べてやろう!1通のメールが私に火を付けました。それからというもの、あちこちの同業者やビートルズ・コレクターに片っ端から電話しました。しかしながら、本物を見たことのある人はとうとう確認出来ませんでした。

S店のモノクロ広告に載ったこの写真にコレクターからの問合わせが殺到したとのこと。LPの帯付と勘違いして見過ごした私は、何たるお気楽者か。



1968年7月号の『ポップス』という音楽雑誌の物々交換コーナーをチェックしていたら、『ビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」(3月に購入、しおり付)を譲る』という静岡県のHさんのメッセージが目に飛び込んで来ました。MMTCの帯は巻いていない帯であるのを以前聞いたことがあり、この"しおり付"というのはひょっとしたら帯のことではないのか、という思いがよぎったのです。Hさんにしおりの正体を確認すべく、住所を手がかりに電話番号を調べたのですが、既に転居されていて結局行方すらわかりませんでした。たまたまビートルズ・グッズの超コレクターであるFさん(何と彼は、ビートルズ来日の時にポールが着ていたはっぴまで所有しているのです!)に会う機会があり、しおりのことを聞いてみました。
「ああ、あれはコンパクト盤が発売された時に記念で付いていたものですよ。」聞くところによると静岡より西の地域のみ配られた限定特典品で、東京のコレクターには存在があまり知られていないアイテムのようなのです。恥ずかしながら知りませんでした。これについてもいろんな人に確認してみましたが、存在を知っている人は僅かでした。長年のコレクターであるFさんに聞いてみました。「今までに、しおりは何回見たことある?」Fさんは3本指をピース・サインのように誇らしげに示しました。うーんさすがだ、と唸ってしまいました。続けざまに「帯付は?」と質問してみると、Fさんは親指と人差し指の先をくっつけ輪を作り、苦笑いしながらゼロ・マークを示したのでした。

このしおりを帯と見るには、やはり無理がありそう。レコード番号の記載はあっても、日本語タイトルがないし・・・。そして何より一体感に欠ける。



国内盤のレコード・コレクターは単に過去を検証するだけの歴史学者というよりは、過去に埋もれた真実を掘り起こすことに感動を覚える考古学者に近い存在と言えます。"真実主義者"と呼んでもいいでしょう。特にレコード会社の資料不足ははなはだしく、マスコミがレアなレコードを必要とした場合、中古レコード店やコレクターに照会するパターンがほとんどです。未確認アイテムについても、コレクターは決して当時の関係者の証言を鵜呑みにはしません。彼らが頼るのは現物だけです。そんな真実主義者9人が集まって、凄い本を出しました。構想7年、チェックに次ぐチェックを重ね出来上がった『ロック日本盤シングル・レコード大全』(扶桑社)は、コレクターが本気になればこれだけのものが作れる、という何よりの証しです。
いろいろ集めた資料を基に音楽評論家が作り上げたような、へなちょこディスコグラフィーとは訳が違います。決して妥協を許さない徹底した現物主義が、この本にはひしめいています。真っ先に海外のコレクターから注目され、浮世絵のごとく海外流出を続けて来たロック日本盤シングルが、トータル4760枚オール・カラーで掲載されています。そしてその中に大変な1枚が載せられました。MMTCの帯付です。カラーでその全貌をコレクターの前にさらけ出した帯は、噂どおりの赤色でした。本当かよ!しかしながら、そんな本でさえ疑ってかかるのがレコード・コレクターなのです。

なかなか帯付が出て来ない「第6集」に「第3集」の帯を当ててみると、ごらんの通り雰囲気だけは楽しめます。 



国内盤ビートルズ・アップル関係のレコードだけで1300枚も収集しているというOさんの鋭い眼はごまかせません。新しいOさんのメールには、こう記されてありました。『「シングル盤大全」に載っている帯をルーペで拡大して見ても、どこにもレコード番号が印刷されていません。ニセモノを作る時に、うっかりして番号を入れ忘れたんでしょう。』帯にとってレコード番号の記載は必要最低条件です。価格変更に伴う価格表示省略帯の存在は知っていますが、レコード番号表示のない帯は、もはや帯とは言えません。そして何とその本のS店の広告には「MMTCの帯付20万円で買います」と書かれてあったのです。15万円で売ったのに、20万円で買うというのはおかしいじゃないか。とうとう我慢出来ず、九人衆の一人に電話で確認してみました。
「あのMMTCの帯は本物なの?」「S店でカラー・コピーを送ってもらって、それを掲載したんですよ。」「現物でないものを載せることに、反対意見は出なかったの?」「信頼出来るお店の広告に写真が載ったということは、本物と断定してもいいんじゃないかと…。」「レコード番号が印刷されてないよね?」「うーん」「他に現物でないレコードを載せてるってことは?」「いや、あの1枚だけです!」やはりいくら現物主義とは言いながらも、日本盤シングルの究極の1枚であるMMTC帯付のインパクトには勝てなかったのでしょう。



そうこうしているうちに、ある中古屋からとんでもない情報が入って来ました。15年ぐらい前に大阪のQ店(仮名)でMMTCの帯付が壁に張られているのを複数のコレクターが確認している、と言うのです。その店の店主に確認してみれば真実が解明される!。そう思ったのも束の間、その店の名前を聞いて愕然としてしまいました。何とその店主はあちこちの中古屋で詐欺まがいの悪事をはたらき現在行方不明で、当店も5年前に15万円の損害を受けているのです。普通だったら、その店主がニセモノを作り、それが3年前にS店に流れ、ニセモノに気付いたS店の店長が恐ろしくなって15万円で早々に売ってしまった、という推理立てが出来るのですが、まだ帯の価値付けが出来てなかった15年前にわざわざニセモノを作ったなんて考えられません。値段もそれほど高くはなかったようだし。じゃあやっぱり帯付は存在するのか?。悩みあぐんでいる私に、お店の女の子がダメ押しの一言を浴びせました。
「帯は付いているんじゃないですか。だってコンパクト盤のジャケットには英語しか書いてないですから。」さすがアンタはエライ!。うちの店員だけのことはある(これを「自らの恥辱を相手の称賛に転嫁する発言」と呼ぶ)。言われる通りそれまでのコンパクト盤は、すべてシングル盤と同じようにジャケット表に日本語が書かれており、MMTCが初めて英語だけで書かれたジャケットだったのです。そしてその後"ビートルズ・オリジナル・コンパクト・シリーズ"と銘打たれて70年に発売された英国盤と同じジャケットのコンパクト盤12枚には、すべて緑の帯がつけられているのです。要するにジャケットに日本語がない場合は、レコード会社の販促物としての帯が当然付いていないとおかしいのです。決心しました。S店の店長に電話して、はっきりと真相を突き止めてみようと。

表のジャケットは文字だけの味気ないLPですが、かっこいい裏ジャケットに帯を当てるだけで超プレミア盤に変身。



S店の店長であるTさんは、有名なビートルズ・コレクターです。この業界10年以上もしていると、だいたいの名のあるコレクターは知っています。Tさんとは面識はあったもののそれほど突っ込んだ仲でもなく、状況が状況だけに直接真相を聞くには気がとがめられたのです。「里葉といいますが、Tさんはいらっしゃいますか?」「ああこんにちは。Tです。何か面白いレコードは入っていますか?」「いやー、最近はなかなか難しいですねえ。」10分ぐらい雑談した後、いよいよ本題に入りました。「ところでMMCTの帯付は売られたんですか?」「いや、ありますね。」意外な返事が返って来ました。これで一つの疑惑が消えました。
どうやら広告した当初、あまりに多い問い合わせに閉口した店員が、売ったふりをしたようです。「あるんですか?それは是非見てみたいですね。見せてもらえますか?」「ああいいですよ。」さらに厚かましく「写真も撮らせてもらっていいですか?」「いいですよ。」何だ、この人の良さは!と思わず感動してしまいました。『ヘルプ』のLPの裏ジャケットが大好きで、大胆にもカッターで切取り部屋に飾っていたような人間(中学生の私です)とは違って、Tさんは生粋のコレクター上がりのディーラーです。コレクターならではの内密的な雰囲気を感じていたTさんへの不信感は、オープンな対応でどこかに消えてしまいました(ちょっと誤解してたかな?)。

ついに暴かれたいMMTC帯裏のレコード番号(初公開!)。コレクターの皆様、ルーペチェックをよろしく。



「じゃあ明日お昼ごろお店に伺いますので。」「それだけのために大阪までわざわざ来られるんですか?」「いやー、適当にどこか寄って、レコードの買取りもして帰りますから」とつい慌てて曖昧な返事をしてしまいました。翌日、電話の予告通りお昼前にS店に着きました。すぐに話を切り出すのもいやらしい気がして、Tさんとは軽く挨拶だけ済ませ、とりあえずお店のレコードを見て回りました。10枚ほどレコードをカウンターに持って行きレジの女の人に支払いしていると、Tさんがいきなり「これですよ」と赤い帯の付いたMMTCを横から差し出しました。大事そうにビニールにパックされた中からジャケットを取り出し、外してもらった帯の裏を見て仰天しました。
なんとジャケットに引っ掛けてある帯の裏側の白い部分には、ちゃんと"OP−4335〜6"の印刷があったのです!。超巨大なハンマーで疑惑の大壁が壊されました。そして紙質もしっかり時代がついており、表のオデオンのロゴマークも真偽を見分けるポイントを難なくクリアーしていたのです。本物だー!!疑いようがありませんでした。「凄いですねえ」を連発しながら、外に出て表裏いろんな角度でカメラのシャッターを切りました。平静を装いつつも、胸中のレコード脈はかなりのハイピッチでした。



家に帰って、さっそくその夜Oさんにメールで報告しました。翌日Oさんから興奮ぎみの返事が返って来ました。『博物館行きですよ、それは。この事実は日本盤ビートルズ・コレクターにとって歴史を変える重要なポイントです。いやまいりました。』15年前に大阪のQ店で飾ってあったのは、本物だったのです。Tさんは、リアル・タイムで買った人からオデオンの帯付LPと一緒にまとめてMMTCの帯付を店頭買いしたそうで、これで2枚は存在していることになります。どちらも大阪から出たことから、九州限定発売と噂される激レア盤「プリーズ・ミスター・ポストマン」のアップル・ロゴ入り初回ジャケ(現物確認しました、本物です)のように、大阪のみに絞られた地域限定帯の可能性も出て来ました。
またこれら激レア・アイテムがプレスされた68年から69年にかけての時期は、ビートルズのレーベルがオデオンからアップルに移行した混乱期にあたっており、こんな物騒な未発見アイテムがまだまだ出て来そうな予感がします(価格が1200円のMMTCのアップル盤<AP−4335〜6>が掲載された東芝のパンフも見つかっています!)。半かけ帯・赤盤・非売品インタビュー・シングル、すべて東芝です。ビートルズの発売権を東芝が持っていたという運命のいたずら。激レアな68〜69年地域限定盤は、ビートルズ・コレクターにとって考古学級のロマンと言えます。

これらレアなオデオン・セカンド・ジャケも、すべて68年産



しかしながら今回のMMTC帯付騒動、1ヶ月ぐらいドタバタした末の結論と感じていたのですが、Oさんからの初メール受信日を見て驚きました。
5月19日といえば、私が大阪に飛んだ日の、ほんの1週間前のことだったのです。その昔、帯を破り捨てていた私も今ではすっかり真実主義者の仲間入りをしてしまったようです。