店長・菅田 -Works-



里葉風流の競盤風物詩


第7話 しろうとの"め",プロの"目",コレクターの"眼"(2000.2)


3〜4年前に「世田谷ボロ市10円事件」というのがありました。毎年世田谷で開かれるフリー・マーケットに、梅木マリ・斉藤チヤ子・麻生京子などカバー・ポップスの超人気盤を中心にシングル盤約20枚が、全部1枚10円で売りに出されるという悲劇(喜劇?)が起こったのです。売りに出した人は電気店の主人で、フリー・マーケットではよくある当時買った個人品の放出だったようです。しかしながら問題は"10円"です。昭和20年代のボロ市ならいざ知らず、平成の世に、しかも東京のど真ん中で開かれたマーケットでの10円なのです。何故ゆえに、と考えてしまうのですが、案外世間一般の古レコードに対する意識を象徴しているような気もするのです。
昔買った汚いドーナツ盤で、年配の人が懐かしがるヒット曲でも何でもない無名の"恥ずかしい"日本語ポップスとなると、しろうとにはゴミ扱いの10円商品となってしまうのでしょう。そんな"低俗な"レコードとは対称的とも言うべき"高級な"クラシック50枚組セットの通販用レコード(中古レコード店はどこも欲しがりません)に、5万円のフリマ価格を付けるのもやはりしろうとなのです。そして、二十歳そこそこの人が運よく拾い上げた数枚の"10円レコード"に、プロの私は、12万円という大金を投じるハメになったのです。

古美術店の壁に1万円でかざられていたベスト盤の帯なし(しかも再発盤)。「今はレコードは作ってないから貴重」と言われるのですが…。



新聞の広告欄に、通信講座の案内が載っているのをよく見かけます。その内容たるや、実にバラエティーに富んでおり、正に何でもあり的様相を呈しています。ありました、「古美術鑑定講座」。『正しい知識がないとニセモノをつかまされて思わぬ落とし穴に。焼き物・掛け軸・日本刀と(やはりレコードはないか・・・)、幅広い分野の専門家がテープ指導。まがいものを見抜く鑑定眼が短期間で身につく。掘り出し物を見つけて一攫千金も』。一般しろうとの古物商に対する疑惑と羨望の思いに答えた、なかなかうまいキャッチ・コピーです。古物商の市では、レコードで古めの売れそうなロック・ポップス系のものは何でも「ビートルズ」と呼び合う、という話を聞いたことがあります。古美術業者にしてみれば、所詮レコードなどは相手にしておらず、その揶揄したかのように発する「ビートルズ」という言葉の響きが、妙に心地好かったりするのでしょう。
我々中古レコード専門店の立場では1800円ぐらいが限度のビートルズのLPが、古美術店の壁に1万円で飾ってあったりします。今や「ビートルズ」そのものが完全にロックの古典として市民権を得てしまい、「ビートルズであれば何でも高い」という風潮が定着してしまったようです。しかしながらビートルズとひとくちに言っても、日本盤に限れば、それこそピン(100万円以上)からキリ(500円)まであるのです。我々からすれば、"しろうとプロ"とも言うべき古美術商のレコード値つけではありますが、本物のしろうとへの影響を考えると事態は深刻です。骨董屋の存在は知っていても、中古レコード専門店の存在を知らない人は多いのですから。

プロかけ出しの頃、デッドストックを2枚もゲットしたことのあるマイナーGSの雄モージョのシングル。今では20万級といううわさも。



レコードの買取りに関しては、先方から価格を提示された場合はその価格で買うか買わないかを判断し、査定を依頼されれば可能な買取り額を精一杯提示する(プレミアものの場合、売値又はオークション落札予想額の半額買取り)、というのが私の方針です。骨董屋で売られている1万円のビートルズのLPは買わなければいいのであり、"10円レコード"であろうとも買取り査定の依頼には、オークションで24〜5万円では売れると思えば、可能な12万円という金額を提示すればいいのです。ただ、いくらで売れるかの読みが一番のポイントになって来るのですが・・・。一般のレコード店によって付けられるデッドストック品の値付けにも、個性が出るようです。15年ぐらい前のこと、地元の「すずや」というお店で、返品漏れの昭和40年代物シングル約1000枚が1枚100円で売りに出されたことがありました。何しろまだ私がサラリーマン時代のことではっきり覚えてはいませんが、ロネッツのコンパクト盤,マイナーGSのクローズ,日本のニューロックのファーラウトやジャスティン・ヒースクリフといった競盤も含め、100枚近くを拾った記憶があります。
5年前に出くわした関東地方にある老舗の楽器店の時は、定価販売でした。地下に長年眠っていたレコード達が日の目を見ることになり、当時そのままの定価で売りに出されたのです。お店の名前も「ももや」と振るっていました。定価100円の同種のソノシートが8枚もあったり(全部で800円也)、ジーン・ピットニーの10インチ帯付が定価の1000円となってしまうのです。キース・ムーンの帯付LPあたりは1970年代中期の発売につき2500円となってしまうのですが、1万円以上で売れることを考えればこれも買いでしょう。強烈盤では、布谷文夫の「からのベッドのブルース」<POP−15>が400円、イギー&ザ・ストゥージーズの「淫力魔人のテーマ」<SOPB−244>が500円というのがありました(コレクターの嫉妬に充ちた吐息が聞こえてきそうです)。当時の楽器や大型ステレオもたくさん置いてあったりして、正に昭和40年代の田舎のレコード店にタイム・スリップしたような錯覚を覚えました。トータル17万円の定価買取りでしたが、プロの目でしっかりと値付けさせられていたら50万円は下らなかったでしょう。

1,200円では売れてもいいと思うのです。いい曲なのに



以前ある本で、レコードの査定を担当したことがあります。この中で、1枚重大なミスが発生しました。橋幸夫の「若者の子守歌」というレコードの評価が、誤ってSランク(2万円〜10万円)とタイプされてしまったのです。1ランクぐらいのミスなら、お店によっても評価の違いは考えられあまり問題もないのですが、実際のDランク(1000円〜2000円)とは4ランクの差があり、市場相場への影響が憂慮されました。出版当初は、あまり相場をご存知ないお店(失礼!)のオークション広告にジャケット写真が掲載されたり、九州のお店で5800円付けられたサンプル盤が売れてしまった話も聞きましたが、半年ぐらいしたらタイプ・ミスであることの認識が定着したようで、その後はすっかり落ち着いてしまいました(今だに、当店の1200円付けられたサンプル盤は売れ残っています)。
要は、コレクターにとっての探求度の問題なのです。長年のコレクターは何が本当にレアでコレクターにとって必要とされているレコードなのか知っています。必然性のない中古価格は、いずれ結果的に"それなりの値段"に落ち着くのです。このコラムで以前、帯ブームの仕掛け人と言われるYさんの話をしましたが、Yさんが煽ったから帯ブームが来たのではなく、帯そのものにコレクターの眼を引き付ける要素があったからこそ、帯ブームが定着したのだと私は思うのです。



通販オークショニアーがよく使う専門用語に、"化ける"という言葉があります。予想を遥かに越えた金額でレコードが落札する事を指すのですが、これにはいくつか条件があるようです。まずコレクターの収集範囲が狭いこと。たとえば遠藤賢司だけ、デヴィッド・ボウイだけといったように、アーティスト一人にコレクションを限定した場合、集めるべきコレクション数も少なくトータル出費にも余裕があり、とにかく早くコレクションを完成させたいがために、通常の相場を無視したような金額が付けられたりします。次にエンゲル係数ならぬレコード係数(つまり全所得に占めるレコード出費の割合)が極めて高い人。新聞読まない、酒・たばこ・女しない、レコードだけの人。
そういう人に狙われたレコードは結構化けることが多いのです。必ずしも金銭的余裕がある人だけが、化けた金額を付けるのではないのです。またレコードそのものの要因として、コンディションが極めて素晴らしいこと。特にビートルズなどのビッグ・アーティストのレコードでは、極美品に通常の5倍ぐらいの値段が付いたりすることがあります。そして、ほとんど中古市場に出て来たことのないレコードがオークションにかけられた場合。これは大変です。



カバー・ポップス・アイドル梅木マリの人気は、ここ数年凄まじいものがあります。「プレイング・ゲーム」<JP−5197>に、オークションで60万円付いたとかいう空恐ろしいウワサも耳にしましたが、仮にそれが本当なら、通販オークション史上最大級の化けでしょう。なんたって「プレイング・ゲーム」は梅木の中でも一番市場に出るレコードなのですから。しかしながら、そんな化けのウワサを生むのも、梅木の人気の凄さを物語っていると言えるでしょう。私はかつて先ほどの本の中で、梅木マリの「ピーナッツ」<JP−5227>にSランクの評価をしました。そして3年前に、6万円で買ってオークションしたところ、何と50万円という驚くべき金額が付いてしまいました。
その結果私は、買取り額の8倍の値段で売ってしまうというとんでもない悪徳業者に成り下がってしまったのです。落札されたMさんはそれこそ数十年来の筋金入りのコレクターで、私がSランクの評価をした本のことも当然ご存知の方です。この1枚で梅木コレクションがほとんど揃うという勢いもあったのでしょうが、極美品であったとは言え余りにかけ離れた評価の違いではあります。梅木の音楽の素晴らしさを、かねてより強調されておられたMさんですが、自信を持ってビッドされた50万円という金額に、「ピーナッツ」のレア度の深さは数十年探し続けて来た私が一番よく知っていると言わんばかりの、コレクターの確信に満ちた"眼"を感じてしまうのです。

これがイワクつきの「ピーナッツ」。50万円は化けか妥当か。



そして冷静に考えてみれば、私自身「ピーナッツ」のシングルは、かつて一度も見たことがなかったのです。初出しのレコードは、オークションしてみて初めてそのレア度がコレクターのビッドによって計れる、ということが結構多いのです。たとえばビートルズの赤盤です。『ビートルズ物語』は、日本オリジナルのオデオン盤<OP−7553〜4>は赤盤しか存在せず帯がなければ2万円前後の相場ですが、再発アップル盤<AP−8676〜7>の完全赤盤(説明しておくと、通常の黒盤以外に2枚組のうちの1枚のみ赤盤という形態が割と多いのです)は非常に珍しく、オークションすれば10万円以上のビッドが集中し結果的に20万円相当で落札する、という事実をご存知ないロック専門店は多いと思うのです。
かつて地方で催された中古レコード業者の合同セールで、この完全赤盤がセール最終日まで1万5千円で売れ残っているのをコレクターが発見し慌てて買い求めた、という事実を知っています。定着した相場を築き上げるのは、舞い上がりやすい駆け出しコレクターや故意にブームを仕掛ける中古業者などではなく、やはり熟練されたコレクターの熱いニーズであると断言します。

デイブ・クラーク・ファイブのLPの中では一番よく市場に出てくるのに何故か帯付はこのファーストが別格にレアであることも,あまり知られていません。



オールディ―ズ・コレクターのEというお医者さんがいます。患者さんにも「レコード持ってない?」と声をかける熱心なEさんのもとには、噂が噂を呼んで様々なタイプのレコードが集まるようになりました。昨年末のことです。出張セールで東京に出向いていた私の携帯に、Eさんから電話が掛かって来ました。「レコード買って欲しいって人に頼まれたんだけど、よく分からないんで教えてくれる?」「ああいいですよ。物は何ですか?」「なんかアップル・レーベルから出ている『ローマ法王とマリファナ』っていう面白そうなレコードなんだけど、ちゃんと帯も付いているんだよ」「ええ?本当ですか!」この連載中のコラムで、『ローマ法王とマリファナ』の帯付の凄さについてのコメントをちょうど書いたばかりの時だったのですが、Eさんはオールディ―ズ・コレクターで、絶対にこの手の雑誌(注1)を読むようなタイプの人ではないのです。
あまりのタイミングのよさに驚いている私に、Eさんはさらに話を続けました。「東芝のサンプル盤の帯付が『ローマ法王とマリファナ』を含め90枚ぐらいあって、全部で10万円で買って欲しいって言うんだけど、どう思う?」「・・・。Eさん、と、とにかく何も言わずに10万円払ってあげて下さい。『ローマ法王とマリファナ』だけでも、私が30万円以上保証しますから。」そして1週間後、無事『ローマ法王とマリファナ』は入荷と相成ったのです。しかしながら、次回のオークション・リストの表紙を飾る可能性も大きい『ローマ法王とマリファナ』の帯付LPです。このコラムで値を吊り上げるように企んだ、なんて言われかねません。でも私は知っています。プロのやらせなどに決して惑わされないコレクターの鋭い"眼"を。いずれ明らかとなるであろう通販オークション史に残る落札結果は、"神のみぞ知る"です。

(注1)このコラムは、REAL MUSIC FREAK ロック専門誌「ゴールド・ワックス」にも連載されています。

これの赤盤がメガ・レアであるのを知っているのは、Tレックスのヘヴィーコレクターぐらいでしょう。