店長・菅田 -Works-



里葉風流の競盤風物詩


第4話 神の掟(1999.9)


今回はちょっとへヴィーな話をひとつ……。国内盤のレコード・コレクターには、様々なタイプの人がいます。一番多いのがアーティストで限定するタイプで、代表的なビートルズ・コレクターを筆頭に、プレスリー,ベンチャーズ,ローリング・ストーンズ,レッド・ツェッペリン,吉永小百合,ジャックス,大滝詠一,浜田省吾といったオーソドックスなところから、プログレのホークウィンド,ブルー・アイド・ソウルのヤング・ラスカルズ(私です),はたまた運動会用のレコードまで集めなければいけないアニメ歌手の水木一郎といった超マニアックな(?)アーティストに限定する人もいます。次にこれまた一般的ですが、ジャンルで集める人。リバプール・サウンド,フレンチ・ポップス,エレキ・インスト物,パンク系全般,青春歌謡,GS関係といったように。
形態にこだわる人もいます。ビートルズの赤盤コレクター,邦楽のファースト・アルバム・コレクター(それこそ小林幸子の『ヒット・ショー』から頭脳警察の『ファースト』まで),ロックエイジ帯付コレクターなどがそれです。オール・ジャンルに渡りレアなレコードばかり手が延びる業者顔負けのコレクターもいますが、資料片手にそのコンプリート・コレクションを目指すのが一般的なパターンのようです。しかしながら程度の差こそあれ、エルヴィス・プレスリーの「忘れじのひと」<ES−5035>や梅木マリの「白ゆりの丘」<JP−1567>のように、各タイプそれぞれに“コンプリート”を阻止する何がしかの壁が立ちはだかっているようです。その中でも、邦楽の「ナイアガラ・コレクター」と同じ“レーベル限定タイプ”の一種である、洋楽の「アップル・コレクター」にとっての壁は、そのヘヴィーさにおいて、ある意味で“究極”と言えるものでしょう。

ナイアガラコレクターには“目にたこ”のLP



夜、自宅に電話がかかって来ました。「里葉さんが『ローマ法王とマリファナ』の帯付を100万円で買ったというウワサを聞いたのですが」アップル・コレクターのBさんからでした。「今度のオークションには絶対に出さないで下さい。明日、銀行に行って200万円出して来ますから。」「・・・・・。」このウワサの発信源が誰なのか皆目見当もつきませんが、中古レコード業界で飛び交う“興味深いウワサ”ほど当てにならないものはありません。この時も確かに『ローマ法王とマリファナ』は買取りで入荷してはいましたが、“帯なし”でした。
それが、いつの間にか尾ひれが付いて“帯付を100万円で買取した”となってしまうのです。オークションで凄い値段が付いたと聞いても、それがその当事者(出品店)から直接聞いたものでなければ、あまり信用しないほうがいいと思います。ウワサには責任がなく、その金額が高額であればあるほど話としては面白いのですから。しかしながら、このBさんからの電話の話は事実です。しかも、バブルでも何でもないほんの2〜3年前のことなのです。そして、あの時私が『ローマ法王とマリファナ』の帯付LPを持っていたなら、間違いなくBさんは次の日に200万円を支払われたと断言出来ます。



アップル・レーベルは、説明するまでもなくビートルズが1968年に設立した「アップル・コープ」のレコード部門で、ビートルズ自身のレコードのみならず、人気のあるバッドフィンガーをはじめ、白人系のメリー・ホプキン,ジェームス・テイラー,ジャッキー・ロマックスや黒人系のビリー・プレストン,ドリス・トロイ、はたまたジャズのMJQ,クラシックのジョン・タブナー,インド音楽のラヴィ・シャンカールといった実にバラエティーに富んだアーティストのレコードを出しています。その中でもヒッピー・ミュージシャンのデビッド・ピールが出した『ローマ法王とマリファナ』<EAP−80556>は特に異色で、ジョンとヨーコが共同プロデュースを手がけたこのアルバムは、「みんなマリファナを喫っている」「ファックはきたない言葉じゃない」「アイム・ゴナ・スタート・アナザー・ライオット」「バース・コントロール・ブルース」とヒップな曲のオン・パレードなのです。アルバム・タイトル曲「ローマ法王とマリファナ」の歌詞の内容はこうです。
ローマ法王もマリファナを喫うのさ
ミサの最中・・・プカプカ喫うのさ

神さまメスカリンでうっとりと
悪魔もヘロインでまたうっとりと
ローマの法王さんグラスでごきげん

キリスト教同志を引き連れて
キリストさんこそヒッピー王
決してヤクは射たないで
ローマの法王さんたった一人で悦に入る
僧侶さんもたまらなく教会で酔っぱらう

(訳/落流 鳥)

当店に入荷したのはごらんの通り帯なしです。



「世界的な天体物理学者のカール・セーガンが、1970年代の初頭に、科学的な洞察に役立つとして密かにマリファナを愛用していたことが公表された」という新聞記事を最近目にしましたが、マリファナに対する認識が極端に厳しかった1972年の日本で、このような対訳まで付けてアルバムを発売していたことは、正に奇跡的とも言える東芝レコードの偉業(?)でしょう。当然のことながらこのLPは即発禁処分を受け、その後アップル・レコード・コレクターにとっての大きな壁の1枚となったのは言うまでもありません。そして究極とも言うべきその「帯」については、“存在しないのではないか”という説が長い間コレクターに浸透していたため、Bさんがそこまでハイ(?)になったのも当然と言えば当然の結果だったのです。真のコレクターが付ける“とんでもない値段”には、それなりの理由があり、バブル便乗派などによるきまぐれ買い的な“とんでもない値段”とは根本的に違うのです(そういったタイプの人は、地道なコレクター道にはとても耐えられず、2〜3年もすればコレクター界からキレイに足を洗っているのが通常のパターンのようです)。
この“帯付100万円買取り説”は東京のアップル(ビートルズ)・コレクターの間でもてはやされたらしく、その後何人からも話を聞かされました。そしてそのウワサが飛び交ったことが引き金となってかどうか、ついに東京の某店のセールでその帯付は数十万円の値段を付けられて売りに出されたのです!。Bさんが強力なネットワークを生かし、最終的にかなりの高額で入手されたのは言うまでもありません。それでなくとも多くのレア盤が立ちはだかるアップル・レコードの中にあって、『ローマ法王とマリファナ』の帯付は、かつてコレクター界にその写真すら表面化したことのない究極のアイテムだったのです。Bさんの『マリファナ』帯付獲得への情念の火は、正に“人生を賭けた”決断にも匹敵する熱いものだったと言えるでしょう。



Bさんが平静を取り戻し始めた矢先、なんともう1枚の“究極”の存在が浮かび上がって来ました。いずれ手に入るであろうと簡単に考えられていたビリー・プレストンの『神の掟』<AP−8813>の帯付を、気がつけばアップル・コレクター誰一人として持っていなかったのです。ビリー・プレストンは数ある“5人目のビートルズ”の一人で、国内盤アップルからは2枚のアルバムが出され、『神の掟』はそのファーストに当たります。映画「レット・イット・ビー」でキーボードを弾いている姿は、多くのビートルズ・ファンに強く印象付けられており、発禁処分の『ローマ法王とマリファナ』ですら帯付が見つかっているのに、何故『神の掟』の帯付が中古市場に出て来ないのか不思議でなりません。
さらにシングル盤「神の掟」<AR−2329>はバック・メンバーがエリック・クラプトン,キース・リチャード,ジンジャー・ベイカーという超スーパー・グループであったことも話題を呼んでスマッシュ・ヒットし、アルバムがその少し後に出ていることから考えてもある程度売れたと予想されます。『アビイ・ロード』<AP−8815>とレコード番号が2番しか違わない『神の掟』に帯が付いていないということは、発売時期から判断してどうしても府に落ちないのです。アップル・コレクターにとって大きな謎となっているこの事実を解明すべく、これまでかなりの人達に疑問を投げかけて来ましたが、未だ説得力のある回答を得ていません。

このレコードの帯を見かけたら、そっと私だけに教えて下さい。



つい最近のことです。夜お店に出て雑用をしていたら、岐阜県のYさんという方から1通の封筒が来ているのに気付きました。封を切って中を見てみると、便箋12枚分に細かい字でビッシリと、放出用と思われるレコード800枚余りがリストされていました。アーティスト/タイトル/レコード番号/当時の価格/ジャケット/盤質とフォームも実に的を射た内容で書かれています。シングルのリストに目を通すと、園まり「マッシュポテト・タイム」,フローラル「涙は花びら」,エルヴィス・プレスリー「ブルー・クリスマス」とぽつりぽつりといいものがあります。LPの方もすべて国内盤のようで、ツェッペリンのグラモフォン盤の3枚やビーチ・ボーイズの東芝盤が5枚、ピンク・フロイド,フーとなかなかの内容で、いい気分になってリストを眺めていたところ、とんでもない1枚が目に飛び込んできました。
正に“目が点”とはこのことです。ビリー・プレストン/神の掟/AP−8813/2000円/A/Aと書かれていたのです。私は思わず心の中で叫びました。「でしょう!やっぱり日本盤LPを持っている人はたくさんいるんですよ!」と。しかしながら、Yさんのリストには大きな欠陥が一つありました。帯の有無が書かれていなかったのです。ただ私の長年の経験から、内容的に見てYさんはリアル・タイムで集めて来られたオールド・コレクターであるのが分かりました。しかもジャケット/盤のコンディションが圧倒的にA/Aとなっていることから、帯付である可能性がかなり高いのです。すぐにでも電話して帯の有無を確かめたかったのですが、既に時計は深夜12時近くになっており、とりあえず明日改めて電話することにして店を後にしました。

これはたまに見かけますが、それでも1万円以上では売られているようです。さすがアップル!



翌朝には我慢出来ず、気が付いたら10時頃自宅から電話してしまいました。案の定電話はつながらず、結局夕方まで待つことにしました。しかしながら昼食をとってからも何かそわそわと落ち着かず、奥さんに多少でも話が聞けたらと、1時過ぎにまたしても懲りずに電話してしまいました。「はい、Yです」奥さんの声でした。「あっ、お昼時にすみません。ご主人さんにレコードの件でお手紙いただいたのですが・・・。」「主人に代わります。」心臓がドクドクと音を立てました。何と在宅されていたのです。「リスト送っていただいてありがとうございました。」軽い挨拶をしたもののなかなか本題に入れません。年齢は予想通り50才前後のようです。いろいろレコード談義をした後、思い切って聞いてみました。
「ところでLPには帯は付いているんですか?」「基本的に8割以上は付いていると思いますよ。」やったー!と声にならない絶叫を発してしまいました。正にノー・ヒット・ノー・ランの最後のバッターに立ち向かうピッチャーの心境で、ラストの1球を投げかけました。「ビリー・プレストンの『神の掟』はどうですか?」「あー、あれですか。あれは輸入盤ですよ。里葉さんのお店は国内盤が強いようなので、輸入盤でしか持っていないものは分かりやすく日本盤の番号と当時の値段を調べて書いておいたのです。」「うそっ・・・・、そ・ん・なー・・・・。」完璧なまでの場外ホームランでした。

レアなアップル・ストレート帯。「『神の掟』の帯は、このストレート帯だったので気に入らず破って捨てた」と証言しているコレクターがいますが…



それ以来、ますます『神の掟』の謎は深まっています。Yさんのリストのものが輸入盤であったように、『神の掟』に関したら日本盤そのものがレアであるのは確かですが、帯なしなら何人か持っている人を知っています。最近では、東芝レコードの内部的な特殊要因でこのLPだけ帯を印刷することが出来なかったのでは、とさえ考え始めています。また、これは何者かのしわざではないのか、とも。特定のコレクションを完成させた後それ以上コレクションの幅を広げられない人の場合、気がついてみたら情熱が失せてレコードもあっさり放出していた、ということはよくある話です。
「物事は、パーフェクトな状態になると生命力を失う」とジャン・コクトーが言ったそうですが、コレクターにとって不揃いの状態こそが、目標に向かって情熱を傾けられるしあわせな状態ではないのでしょうか。“ビートルズ”と“レアリティー”が結び付いたようなレーベルである「アップル」の“帯付パーフェクト・コレクション”は、数ある限定型コレクションの中でも最難関と言えるものでしょう。それだけに、パーフェクトを阻止する『神の掟』の帯付の存在こそが、決して発見されてはならない“神の掟とも言える警告”のように私には思えるのです。

この丸帯も人気の一枚。