店長・菅田 -Works-



里葉風流の競盤風物詩


第2話 オークションがひきおこすところの罪と罰(1999.5)


バクソーのサントラ、いくらで買ってもらえますか?」若い女性の声で電話がかかってきました。「バクソーですか?」「はい、そうです。」バクソーっていうのは、最近ブレイクしたインディーズ出身のバンドのことか?しかも、無名時代に彼らが関わったC級映画のサントラ盤がある?ますます分からなくなってきました。“若い女性からの電話”への先入観がいけないのでしょう。最近は、若い女性だってカルトGSを聞く時代です。コレクターズ・アイテムを知らないことへのディーラーとしての苛立ちが、「バクソー」=アーティスト名という早合点によけい拍車をかけていたようです。サントラということで、「バクソー」はアーティスト名ではないような気がしてきました。謙虚に「アーティストは誰ですか?」と聞いてみました。「浜口庫之助です。」ナゾが解けました。
「バクソー」ではなく「爆走」だったのです。そのテーマ曲「ドライヴィング・ラヴ」のシングル盤の買取額を聞いて来たのだと理解したのもつかの間、そのあとに続く彼女の一言に、私は言葉を失ってしまいました。「20万円ぐらいの価値があるって聞きましたけど。」「........。」「いくらで買ってもらえますか。」「いやー、2千円ぐらいでしょう。」“20万円”という金額を簡単に口にする若い女性への反発も手伝って、そう答えてしまいました。そして案の定、「あっそうですか。」ガチャッ、とあっけなくサヨナラされたのでした。90年代に入ってから盛り上がってきたサバービア・ブームの流れを受けてのことでしょうが、20万円とは.......。なるほどねー。恐れ入りました。



プレミア国内シングル盤の最高峰に位置付けられている“トニー・シェリダンと彼のビート・ブラザース/マイ・ボニー・ツイスト<DP−1254>”の100万円という値段は、いったいいつだれが最初に付けたのでしょう?「ジューク・ボックス」という音楽雑誌の1962年5月号に、何とこの幻のシングル盤の新譜紹介があります。『ドイツのツイスト・レコードが登場しました。歌うトニー・シェリダンの素姓ははっきりしませんが、その名もビート・ブラザースという一党をひきいて、なかなかイキのよいツイストをきかせます。』この“一党”が、やがて世界の音楽シーンを動かすことになるなんていったい誰に想像出来たでしょう。
ビートルズのデビュー前の音源としてあまりにも有名なこのシングル盤に関しては、60年代の中頃に中古レコード屋でサンプル盤を買った人や、7年ぐらい前に大手の中古レコード店で600円でゲットした人(以前この方に買取依頼したことがありますが、「今は家1軒くれると言われても手放さない。」と断られました)を知っていますが、当時新品をお店で買った人はいったいどれくらいいたのでしょうか。私もオークションを始めて10年以上になりますが、このレコードを仕入れたのは1度だけです。コンディションもまずまずの良品だったこともあり、相場通りの(?)100万円相当で落札しました。海外のプライス・ガイドで70〜80万円の値段を付けられたことも手伝って、今でもこのレコードに関しては、当店の取引先だけでも、相当額での需要はかなりあるように思われます。しかしながら、「爆走」のシングル盤に20万円という金額を投じられる人は、いったいどれくらいいらっしゃるのでしょうか?

再発盤もあるので注意



オークションは大きく分けて、公開によるものと非公開で行われるものがあります。テレビで放送されていた「ハンマー・プライス」などは、公開性による典型的な例で、入札者が一堂に会して商品の落札を競うものです。よって、相手の入札額を見ながら入札出来るので、落札者と2番手との入札額にそれほどの開きは生じません。問題なのは、非公開によるオークションです。
通販オークションほど、コレクターにとって不安と恍惚に充ちた、罪つくりなものはないでしょう。全国規模で行われる国内盤の通販オークションが音楽雑誌に広告されるようになって、20年ぐらいになるでしょうか。レコードという魔物の魅力は、売り手と買い手の間に立って、いったいこれまでどれだけの数え切れない人間ドラマや逸話を作り上げて来たのでしょうか。



「どうしても欲しいレコードだけど、出来るだけ安く買いたい。」通販オークションに参加する人のこの共通の願いは、彼らに様々な行動を起こさせます。オークション・リストが送られてくるや、あちこちの中古レコード屋に電話して欲しいレコードの相場をかたっぱしから確認する人、予想されるオークション出費を計算し、ボーナスの使い道の言い訳をプロ並みの手腕で奥さんに説得する人、欲しいレコードのビッド状況を聞き出したく、何度も何度も電話してくる人(それこそ電話代の方が高くつくんじゃないかと思うほど)。値段の付け方にも苦労が窺えます。金額の最後に必ず百円を上乗せする計算派(百円の上乗せで落札出来ると思うのが甘い)、その裏を考えて2百円を上乗せする裏計算派(?)、“最高額に5千円プラスした金額”という表現で攻めてくる横取り派(相場をよく知らないでマイ・ボニー・ツイストを申し込んだ場合、百万5千円の支払いに責任を持てるのか?)、欲しいレコードを3枚に絞り“合計10万円”(アンダーラインは太めの赤マジック)でインパクトを与えようとする印象派、欲しいレコードに対する自分の熱い思いをその曲との出会いから文章にしたため、落札への悲痛な願いを訴える心情派。実に様々です。
かく言う私も買う人の立場に立って、かつて通販オークションに参加してみたことがあります。私は“米寿派”でした。どうせ落ちなくてもいいやという気分で、全部8800円で申し込むのです(当然1万円以上で売れそうなものをピックアップするのですが)。オークション申し込みのハガキを出したこともほぼ忘れかけていた頃、そのハガキが転送されて帰って来ました。“宛先に訪ね当たりません”というゴム印が押されていたため住所を確認してみたところ、どうやら“西新宿”を誤って“新宿”と書いてしまったようでした。そしてその後、何気なく自分のビッドした金額を見直してギョーテンしてしまいました。何とそこにはすべてのレコードに88000円という金額が誤って記入されていたのです。かれこれ10枚ほどピックアップした合計額は、しめて88万円!。「西」という1文字を書き忘れたために救われた、このウラ話。ああ恐ろしきかなオークション....。



かつてデヴィッド・ボウイの帯付LPコレクターで、東京在住のHさんという方がいらっしゃいました。デヴィッド・ボウイの帯付で1番レアなのは、日本でのファーストLPであるフォノグラム盤の「この世を売った男」でしょう。その次にキング盤の「ファースト」、ビクター初期盤と続くようです。当社のオークションに、ビクター盤の帯付LPがまとまって出たことがありました。当時のHさんの“収集への陶酔”(説明しておくと、デヴィッド・ボウイのレア・シングル盤に「考察への陶酔」というレコードがあるのです、あしからず)は大変なもので、ことごとく5万円以上の入札をされたのです。悲劇は起こりました。その中に、私がせいぜい5千円までと踏んでいた「オン・ステージ」<RCA−9105〜6>が含まれていたのです。そのレコードに、Hさんは何と7万円もビッドされたのです。
商売的にみれば、我々業者にとってはありがたいことなのですが、2番手のビッドが3千円となるとちょっと考えてしまいます。しかも、同じレコードが2枚もあったのです。オークションというものは、かくも残酷で罪つくりなものなのです。しかしながら、コレクターの多くは、金額をけちってレコードが落札出来なかった悔しさよりも、高すぎた金額でも本命のレコードを手に入れる恍惚の方を優先されるようです。本人が納得してつけられた値段なので、とやかく言うことはないのですが、2番手の方にもう1枚のレコードを3千円で案内するということは、さすがにHさんに対して気がひけどうしても出来ませんでした。それからしばらくして、東京のデパートでレコード・セールがあったとき、「とにかく早く売ってしまいたい」という気持ちのあせりもあったのでしょう、いろいろ悩んだ結果、もう1枚の「オン・ステージ」を3800円で値付けして出すことにしました。そして、ついに私に重罰が下されたのです。

帯付LPの中でも10年に1回オークションに出るかどうかのメガ・レア盤



セール会場で来店客の様子を見ていた私のところへ、にこにこしながら見知らぬ人が声をかけて来ました。「Hです。」それは紛れもなく、よく電話で耳にしているHさんの声でした。絶対にセールに来るようなタイプの人ではないと、なぜか思い込んでいたのが間違いでした。軽い挨拶を終えた後、Hさんはさっそく「オン・ステージ」が入っている“70年代ロック”のえさ箱を見始めました。冷汗が流れました。とてもHさんの後ろ姿を正視することなど出来ません。
しばらくしてそーっと視線を戻すと、Hさんは、隣の“80年代ロック”のえさ箱に移動して、静かにLPを物色されていました。その後、Hさんが他店のブースを見ている間に、(Hさんに見られていないのを確かめながら)“70年代ロック”の箱を見てみました。間違いなく3800円の「オン・ステージ」は残っていました。帰り際にHさんが、「探していたのが1枚ありましたので、買わせてもらいました。」と、穏やかに声をかけられました。「デビッド・ボウイの帯付が入ったら、またお願いします。」と一言付け加えられたHさんの顔は、まさに“仏の顔”そのものでした。



「非公開オークション」だけが、罪深いのでは決してありません。九州の某レコード店で、ヤードバーズの「幻の十年」をオークションしたときのことです。あまりに熱心な二人のコレクターが一歩も譲る気配がないため、電話での公開オークションに切り替えたところ、とうとう最後には25万円まで上がり、恐ろしくなってそのオーナーは、レコードを売ることを断念したそうです。
敵が見えればどうしても負けたくないのが、コレクターの習性です。「ハンマー・プライス」でもこの心理が大きく影響してか、結果的に予想を遥かに越える高額で落札している出演者の何と多いこと。その点、非公開のそれは、案外冷静に金額設定してしまうので、それだけ自分なりに納得のいく金額での買い物が出来るメリットがあると言えるかもしれません。

かつてタイトルのカッコよさからも非常に人気のあった1枚



それにしても、中古レコードの価格決定のメカニズムは、よく掴めません。欧米のようにちゃんとしたプライス・ガイドがないため、こと日本においては、中古屋の店頭で売られる場合のレア盤の価格やオークション・リストの落札額は、本当に悲しいぐらいお店によってまちまちです。オークションで100万円クラスのものが店頭で600円で売られてみたり、オークションでもせいぜい2万円までと思われるものが店頭で20万円で売られてみたり.......。プレミア盤はプレミア盤として認め(それだけ需要があるのですから)、ある程度のおおまかなプライス・ガイドが、そろそろ日本に出来てもいいのではないでしょうか。
それによって、混乱した中古レコード価格の是正がはかられ、結果的にオークションでのビッドにも安定感が保たれて来るのではないでしょうか。こうしているうちにも、全国あちこちのオークション(何とデビッド・ボウイのフォノグラム盤に、「オン・ステージ」の8倍の値が付きました)や中古レコード店で、悲喜劇プライスが飛び交っているのです。いいと言えばいいのですが......。