店長・菅田 -Works-



里葉風流の競盤風物詩


第1話 レコードの“帯”について(1998.10)


 帯(おび)というものが、昔は大キライでした。私がビートルズにはまってLPを買い始めた60年代中頃は、コレクターも「原盤主義」が主流で、それこそビートルズならUKオリジナル盤でなければ価値があまりなかったような気がします。帯に書かれてあるコピーも商業主義以外の何ものでもなく思え、すごくダサク感じたものです。私が初めて買ったLPで、日本盤のファースト&ベストと言い切れる『ビートルズ!』(OR−8026)(註:US盤の『ミート・ザ・ビートルズ』と同一ジャケットのもの)にしてもジョンの顔を帯が隠してしまいます。というわけで、60年代から70年前半までの当時の私のコレクションには、ほぼ完璧に帯はついていません(帯が付いているのは、シンプルなジャケットに綺麗な帯がかかっている『ジョン・B・セバスチャン』(MM−2016)くらいです)。
国内盤LPのプレミア条件として、“帯付”が主流を占めはじめて10年位になるでしょうか。帯(おび)。その昔は“たすき”とも呼ばれていましたが、海外のリストにも“with OBI”と表示されるぐらい、今ではその価値が定着したものとなっています。その国の文化は外国の方がよく見えるらしく、我々日本人が当たり前に見ていた帯も、海外のコレクターには日本独自の文化として目を引いたのでしょう。海外の有名アーティスト各国盤コレクターは、日本盤だけに付いている奇妙な巻紙にコレクター心をそそられたようです。したがって帯ブームの火付け役は、もともと海外のレコード・コレクターだったと言えるでしょう。





 日本での帯ブームを作り上げた張本人とされているYさんという人物がいます。Yさんが初めて私のお店にやって来たのは、LPの帯付というものにちょうど付加価値がつきはじめた10年程前のことでした。何でも、当店のオークション広告の“ベンチャーズ帯付10枚掲載”という部分が目にとまり、その“帯”の状態だけを見に、はるばる東京から車を飛ばして来たとのこと。物好きな人もいるもんだと、その熱心さに感心してしまったりあきれてしまったり。しかしながらあの頃のYさんには、当時のコレクターの中では“別格”と言えるほどのパワーが溢れていました。「今東京の中古屋には、ベンチャーズのレコードは1枚もないよ。僕が見つけたら全部買っているから」などと豪語していました。札束にものを言わせて帯付のレコードを買いまくっているらしいこの調子のいい男(ホントに口がうまいんです!)に対して、最初は半信半疑で警戒していました。しかしながら、レコード収集へのアプローチのスタイルはともかくとして(かつては、セール会場で壁一面に飾ってある目玉のレコードをことごとく買っていった、という逸話が彼にはあります)、音楽への愛情は充分感じられ、性格も悪くはなさそうでした。当時新米ホヤホヤのディーラーだった私は徐々にそのペースにはめられて行き、何とかベンチャーズの10枚は死守したものの、気がついたら店頭にまだ出していないものまで調子よく持っていかれていたのです。
 そんなYさんでもまだ見たことがないという、幻の帯がありました。日本で初めて出たビートルズのLP『ビートルズ!』(OR−7041)についていた帯で、マニアの間で“半かけ帯”と呼ばれているものです。  これは東芝レコードが60年代の中頃に作っていた変形帯で、帯の上部がジャケット裏で糊付けして引っ掛けてあり、ジャケット表側には帯の下5分の1ぐらいが欠けています。“半掛け帯”なのか“半欠け帯”が正しいのか定かではありませんが、当時は帯など何ら重要ではなく、おそらく東芝内部でもあえて特別な呼び名はなかったのではないでしょうか。ビクターのカバー帯やワーナーのロックエイジ帯など変形帯はコレクター人気が高いことで知られていますが、中でも東芝の半かけ帯はその最高峰と言えるでしょう。先ほどの『ビートルズ!』でも帯なしだったら5千円から1万円、それが半かけ帯付となると30万円以上となるのです。紙切れ1枚が29万円という計算です。何とも恐ろしい話ですが、ビートルズでは他に、『セカンド・アルバム』と『ハード・デイズ・ナイト』にこの半かけ帯が使われており、いずれも20万円相当の取引がされているようです。ただし、帯が本物であればのことですが…。
“幻の”半かけ帯



 以前オークションの委託で、ビートルズの半かけ帯付LPを、3枚セットで受けたことがあります。リストを発行した矢先に、あらぬ噂がコレクターの間に広まり始めました。曰く「ビートルズの半かけ帯には、ニセモノが出回っている」。当時は半かけ帯そのものが目新しく、本物との比較は容易ではありません。いくらよく見ても、どうも本物のような気がします。たまりかねて、帯の権威Yさんにその帯付LPを送って真偽を確かめてもらうことにしました。「これは本物だよ」とさっそく電話がかかってきました。とりあえずひと安心と胸をなでおろしていると、
今度はビートルズ・コレクターのAさんから帯の字体の本物と偽物の比較コピーがファックスされて来ました。その字体を調べてみると、どうも委託のものは偽物くさいのです。委託された人に確認したところ「海外のトレードで手にいれた」とのこと。ますます不安が募ってきました。結局、「疑わしきには手を出さず」で委託者にお返しすることにしました。それにしても何で帯の偽物を…、理由は簡単です。ザ・フーやキンクスの初期のLPと違って、ビートルズの初期のLPはそこそこ売れているため、“帯なし”なら結構出てくるのです(ここがポイントです)。それに帯をつければ、たちまち超プレミアLPに早変わりというわけです。
ビートルズ半かけ帯
3枚セットでいくら?



 さて、国内盤のLPは昔から完璧に帯は付いていたのか、何のために帯が付いているのか、そのあたりの疑問にきちんと答えている書物を見たことがありません。なぜ国内盤には帯が付いているのか考えていて、気がついたことがあります。国内のレコード会社が発売している洋楽のレコードには、特殊な自主盤を除いてほぼ完璧にジャケットの表に日本語が使われていないのです(私がこれまで確認した唯一の例外は、ゾンビーズの『好きさ,好きさ,好きさ』(SLC−182)のみです)。それはCD時代になっても受け継がれている慣例のようで、案外音楽業界では、一般常識的なことなのかもしれません。が、この事実に気が付いた時の私の驚きといったら大変なもので、何かとんでもない大発見をした気分でした。ジャケット表に日本語が書いてないので買い手にはレコードの内容が分かりにくい、それで帯を付けて日本語で分かりやすく宣伝した、という解釈です。帯にはまた、レコードが売れた時のお店の再注文伝票としての役割もあるようで、「補充注文票」が帯裏に印刷されていたりもします。希少価値のあるものなら、なんでも目をつけるのがコレクター。オークションでも、帯付LPについては単にコンディションの善し悪しだけでなく、「補充注文票」が帯に付いているかいないかは、その評価を分ける大きなポイントとなっているのです。
ついでに帯の評価について話すと、レコード番号が同一でも種類の異なる帯の場合(価格変更,企画物のセカンド・プレスなど)は当然評価が異なってきます。通常はファースト・プレスに人気が集中するのですが、ビートルズの『フォー・セール』などは数の極端に少ないセカンド・プレスの方が“希少性評価の原則”により圧倒的に人気があり、かつてオークションでも大変な値段がついたことがあります。帯については当のレコード会社にも資料が少ないようで、コレクターなり我々中古レコード業者あたりが研究していかなければいけないのでしょう。ベンチャーズの「愛すべき音の侵略者たち」という60年代の記録映画の中で、ファンがレコード店でLPを選んでいる様子が映っていますが、その半分ぐらいは帯がついていません。当時はレコード店にとっても帯の意識は弱く、買い手側にとってもかつての私のように半ば邪魔者扱いしていた人が多かったように思います。それらも原因して、特に60年代の帯付LPは希少で、それが昨今の帯ブームによけいに火をつけているようです。一般的なジャズ,ブルース,ソウル,クラシック,サントラといったジャンルは別にして、ロック・ポップス系の帯付LPで圧倒的に人気のあるのは70年代の初期までで、80年代以降では国内盤で帯が付いてないと、プレミアどころか逆に売れにくくなっているのが現状のようです。
ビクター・カバー帯 ワーナー・ロックエイジ帯



 Yさんですら、レプリカであることが見抜けなかったビートルズの半かけ帯。私は幸いなことに、その後何度か本物にお目にかかり、今では何とかその真偽を見分けるポイント(*注)を理解しています。しかしながら今現在、いったいどれくらいの数のレプリカが、コレクターの間を流通しているのでしょう。帯への極端な過熱化が引き起こした偽物騒ぎ。半かけ帯はこれが起因して、いくらか高騰化に歯止めがかかった感があります。がしかし、“帯”に執着するコレクターの数は年々増え続けるばかりです。
古書の世界でも同様で、帯が付くと価格が倍以上になるようですが、レコードのように、ヘたをするとそれが30倍以上に跳ね上がるといった極端なことは決して考えられません。レコード・コレクターの間だけで成立しているそんなクレイジーな事実が、我々中古レコード業者に、「過剰印刷して不要になった半かけ帯の詰まった箱が、どこかの印刷屋の倉庫に眠っていないか」などという、あらぬ妄想を抱かせたりするのです(私だけ?)。
これも人気のビクター・横帯



 かつての偽物騒ぎが一段落しかけた時期に、海外のディーラーが来店したことがありま した。その際、例の委託の半かけ帯を見せたところ、彼は即座に「これはレプリカだよ」 と言い切りました。
どうしてわかったのかと聞くと、「紙のにおいでわかる」と一言。さ すが“帯”については、本場の日本より欧米の方が“先進国”と言えるようです。